先日、クリスティを初めて読む人に勧めるならどの作品を推しますか?という『朝歩く』さんの呼びかけがありましたよね。
僕はあれに投票はしませんでした。したかったんですけど、器械オンチの僕にとって、ああいうものに参加する、つまり器械を操作するということは至難のワザなんです。すみません。
ただ、考えてはみたんですよ。僕の推しはあのリストにもあった「アクロイド殺人事件」です。
サントラさんがツイートしておられましたけど、あのトリックはまさに秀逸。タネ明かしをされた時に、一瞬にしてその仕掛けにガテンがいく明快さを持っています。この単純さこそクリスティ本来の持ち味だと思うんですよね。
サントラさんも「ヒントは全て緻密に我々の前に並べられていたのだ!」と悔しがっておられましたが、僕もまったく同じ読後感をもったものでした。
あの悔しさ、読んだ者じゃなきゃ分からない!
自分でも曲がりなりにもミステリーなんぞというものを書いてみて初めて、よっぽど自信があったんだろうなあ……とつくづく思いました。ナミの自信じゃないし、勇気もある。あの手のトリックとしては史上初となる作品だとか何かで読みましたが、読者をケムに巻く凄さは圧巻!
「そして誰もいなくなった」が投票の結果一番人気だったようですが、僕なら絶対あれは選ばない。あれこそクリスティの中でも、というより全てのミステリーの中でもブッチギリの最高傑作でミステリー作家を志す人にとっては、ズバリ夢の作品。完璧です。誰だってあんなのを書きたい。だけどクリスティの作品の中では異色。紫式部が『源氏物語』の執筆中に『雲隠れ』の章を思いついたみたいに天才的ではあるけど、異端。
クリスティの作風は、ごく普通の人々が犯す犯罪。日常の中にできてしまう非日常なのに、あれはブッ飛んでる。密閉空間の中でのいわば密室殺人で、クリスティ本来の持ち味とはちょっとばかり違うと思うんです。
なので「そして誰もいなくなった」は、クリスティ作品の三冊目から五冊目くらいに読んでほしい。そして「凄すぎる!」と打ちのめされてほしい。
だから一冊目は「アクロイド」
ポワロも冴えてるし、トリックを知って気持ちよく”クソッたれ!”と叫んで(心の中で)撃沈される快感を得られる。すると次を読まずにおられるか!という気分に陥って、目出たくクリスティ中毒になれるのですよ。
とはいえ、これほどの名作「アクロイド」にも突っ込みどころがないワケでもない。これなんかむしろ少ない方。人によっては突っ込まないかもしれない。でも、僕は突っ込む。ま、どこが突っ込みどころかは読んでみて判断してください。
ただ、クリスティ流のミステリーには、突っ込みどころがつきもの?といってもいいかもしれないです。
前回取り上げた「書斎の死体」にもあるし、「ゴルフ場の殺人」や「スタイルズ荘の怪事件」なんか、読んだ時に、”こりゃないだろう!”って感じたくらいです。特に「スタイルズ荘」はヒドイ!突っ込みどころの宝庫。正直、よくこれが本になったな、と思ったものでした。
でも自分でミステリーを書いてみると、どうしてこんな突っ込みどころができちゃったのか分かった気がします。そしてそれでも本になった理由も。でも疲れてきたんで、その説明は次の機会に回します。
(猫山月彦)