「ドミノへ」を読んでくださった方から、猫山はアガサ・クリスティが好きなのではないですか、というコメントをいただいたと丼丼が教えてくれました。
クリスティの雰囲気が良く出ている作品だと評していただけた、とか。
嬉しいかぎりです。ありがとうございます。もう、サイコー!
これ以上のお誉めのことばはありません。
正にそのとおりでして、これまでも何度も申していますようにアガサの世界に夢中であります。あんなに気持ちよく、鮮やかに人を騙せる作家など二人といないと思っております。
「ドミノへ」を書くにあたっても、少しでも彼女の世界に近づけたらと願いつつ書きました。
ですから、
ナルホド、伏線というのはこういうふうに入れるのか、とか、そうか!、読者をミスリードするにはそういう具合に表現するワケね、などと参考にさせてもらいました。
これをアガサに打ち明けたのはもうだいぶ前になりますが、例によってなにも言ってはくれませんでした。でも、満更でもなさそうでしたよ。チラッと小鼻が動いてしまったのを見逃す私ではないのです。
ア、これ脳内会話ですのでシンパイしないでください。よくやってるんです、アガサと。
それでも、アガサの機嫌を損ねてしまうようなことは言わないようにしています。最近更年期だとかで落ちこみやすくなっているらしいので。
譬えば、
このトリック、ちょっとゴーインすぎるんじゃないかな?とか
このヒントで気づけってムリっしょ!とか。
言わないように気をつけてます。
ほかにもアガサの表現力ってスゲッ!と舌を巻いてたら、実はソレ、どうやら翻訳した人の文章だったらしいような…なんてのも。
まあ、川端康成でさえ、ノーベル文学賞を受賞した時に、翻訳者であるサイデンステッカーさんのおかげと発言したくらいですから、翻訳者の力ってホント凄いんでしょうけどね。
具体的に申しますと「謎のクィン氏」という短編集のことでして、これが数あるアガサの作品の中でも私の推しのひとつなのです。
何がイイって、シニカルで気取り屋でチョー俗物のオッサン、サタスウェイト氏と人間のフリをしている悪魔としか思えないクィン氏の空気感。
もう信じられないくらいイイ!
よくまあ、こんな人物像が創れたものだと、身のほどもわきまえずシットしてしまうほどなのです。中でも、最終章の最後のところで、ついにクィン氏が魔モノとしての正体を現すシーン。圧巻!
ご紹介しますと、いつもながらの簡潔な文章でこう書いてあります。
サタスウェイト氏には目の前のクィン氏の姿が、突然空に向かってぬうっと大きく、引きのばされたように思えた。
どうです?凄くないですか、この文章。情景が目に浮かびますよね。
ところが、ですよ。
前回この短編について書くにあたって、実際にこの文章にもう一度触れてみようと思い、この文庫本を書い直したのです。最初の本は、もうとっくに人に譲ってましたので。
で、読んでみたらどうでしょう。「空に向かって」や、「引きのばされたように」ってのがないじゃありませんか。
そこが気にいってたのに……。
どういうことなのか?
考えてみました。たぶん前に読んだ本の翻訳の方が、読者がイメージしやすいように原文を補足していたのだと思われます。つまり私が感動していた部分は、アガサではなく翻訳者さんの力量だったワケです。
ね、アガサには言えないでしょ?
しかしながら、でも、待てよ。と思ったのです。
ホントに翻訳の方が補足していたのだろうか?
私が最初に読んだのは、もうずいぶん前のことです。もしかして、私の脳が自分の気にいるように脚色を加えていたということはないだろうか?
そしてあたかも、それが正しい記憶であるかのように思いこむ。
有りうる!
年配の男の胸から上が写っている古い白黒写真があったとする。何年か後にその写真を思いだすと、右手にパイプを持った男の影像が脳裏に浮かんでくる。
パイプどころか手さえ写っていなかったのに。
これは写真を見た時、その古さが昔の時代背景を想起させ、この年代の当時の男ならパイプなんぞをくゆらせていたかもしれないな、などという具合にイメージを膨らませたあげく、本人はそう考えたことを忘れてしまい、パイプを手にしていたイメージだけが脳裏に刻まれるからなのだ。
とするならば、
最初に「謎のクィン氏」を読んだ時に、ほかでもないこの私の脳が、アガサの足りなかった表現を補足していた文章だったのだ!
ということも有りうるのではないでしょうか?
ココ、大事です。分かりますね。
気づかなかった方のためにもう一度書きます。いいですか。
アガサの足りなかった部分を、このワタクシが補足した。
ここですよ。
もちろん、これも自分の胸にしまっておくべきことのひとつです。アガサには言わないほうがいいでしょう。
そして次のアガサとのお茶会には、いつもよりフンパツしたケーキを用意することにしましょう。
皆さんも、それがいいと思いませんか?